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カラッポがいっぱいの世界

その「選択肢」を疑え。

「怪獣使いと少年」を息子と見た日

帰ってきたウルトラマン第33話「怪獣使いと少年」を息子と見た。

 

話の内容は、川べりの廃屋に住みながら、地面を掘り返している少年がいる。その少年が宇宙人だと言って、中学生?たちがからかいに来るが、不思議な超能力でやり返されたため、より酷い虐待をされる。そこを郷隊員が駆けつけ、救うが、少年は宇宙人であるという噂が広まり、街へ買い出しに行っても宇宙人は出て行けと追い返されるようになる。実は少年には匿っている宇宙人「メイツ星人」がおり、地球の酷い環境のせいで死にかけている。少年はメイツ星人を「おじさん」と慕っている。郷隊員にメイツ星人は、川べりには自分が乗ってきた宇宙船が埋まっていて、少年は自分をメイツ星に返すために、宇宙船を掘り出そうと毎日穴を掘っているのだ、という。郷隊員が少年と一緒に穴を掘っていると、「宇宙人を殺せー」と警官を先頭に街の人間が武器を持って押しかけてくる。少年が殺されそうになると、メイツ星人がやってきて、自分が宇宙人だ、と告げる。その時、警官に撃たれ、メイツ星人は死ぬ。メイツ星人が死ぬとともに、彼によって封印されていた怪獣ムルチが蘇り、街を襲う。郷隊員はこんな結果を招いたのは彼ら自身だと思いながらも、ウルトラマンに変身し、街を救う。少年は「おじさんは死んでない、メイツ星に帰ったんだよ。だから自分もメイツ星に行くんだ」と言ってまた穴を掘り出す。そこで終わる。

 

息子がウルトラマンジャックが見たい、とせがむので、BDレコーダーに唯一残っているのは「怪獣使いと少年」しかないよ、と告げるとそれでもいいからぜひ見たいという。そして見せたら、大変に激烈な様子に、こちらが戸惑ってしまった。

最初こそ、あれがムルチだよー、と怪獣図鑑を手繰りながら話したりする余裕があったのだが、少年が穴に埋められて泥水をかけられるシーンで、あんなバカやろうどもは警察につかまるしかない!と憤り、少年が過酷な差別をうけるシーンに「なんであんなことをするの!あの人たちはみんな頭がどうかしてるよ!」と自分の頭を指差しながら興奮して怒り涙目になり、少年がとぼとぼと線路を歩くシーンでは「危ないよ!」と心配し、自警団が押し寄せるシーンでは「もう見たくない!」と顔を覆った。メイツ星人が殺されるシーンではおかしい!おかしい!悪いことしてないのに!と泣いて怒っていた。物語を見て泣く息子は初めてみた。ムルチが街を襲う時は、それを「自業自得」とする郷隊員に共感していた。それでもウルトラマンがムルチと戦うシーンではウルトラマンがんばれー!と声をあげた。見終わって、二人であれこれと話し合った。そんなことをするのも、初めてだった。

実はこの作品を見るのは二度目で、二年ぐらい前に見た時は、ひどいねーとは言いつつもわりと淡々と見終わったのだが、ただ、以後しばらく何度となく「なんで警官はメイツ星人を撃ったのか」と聞いてきた。その時の記憶は無くなってたようで、前にも見たことがあるよ、というと、覚えてないよー、と言っていた。今回、その話をするとやはり同じように「なぜ警察官はメイツ星人を撃ったのか」と聞くので、それはずっと考えていこうね、というと、「答えを教えてよー」と言いつつも、少し真面目な顔をして「そうだね」と言った。本気かどうかわからないけれど、おそらくは息子の中に何かは残ったと思う。

正直、ここまで激しい反応をするとは思っておらず、完全に想定外だったため、見せたことを後悔した。早かったかな、とか、難しかったかな、とか見せないほうがよかったかな、とか。なにかトラウマでも残りはしないか、という心配も、実はしている。

でも制作陣はこういう反応こそ望んだ、というのは言い過ぎだけど、こういうふうに子供達が考えてほしい、なにかを得てほしい、と思ってあの作品を作ったのだろう。45年の時を超えて、また新しい子供達に衝撃を与え続ける。作品は生きてるんだな、とつくづく思う。制作スタッフには45年後でも衝撃と怒りを共有する子供がいるんですよ、と言いたい。あなたたちの思いを受け止めようとする子供がここにいること、そして、そういう作品を世に送り出してくれたことにありがとう、と。

最近、息子は「命の循環」というか、そういう思想?についてしきりに話していて、誰かが死んでもその命は別の人に入ってまた生きるんだ、と思っているようだ。ママが死んでも自分の中に入って一緒に生きると。こういう年の子でもそういうふうなことを考えるんだなーと思ってはいたが、今日も寝る前に「メイツ星人のおじさんのいのちはあの男の子の中に入ってそれで一緒にメイツ星に帰ろうとしてるんだね」「あいつは自分の居場所をみつけたんじゃない?…○○くん(自分)もいつか自分の居場所が見つかるといいな」と呟いていた。

 

息子がこれから生きていこうとする社会では、今もあのような苛烈な差別が実は現存していることを、私は知っている。息子は、友達を励まして、何かできるようになると自分のことのように喜ぶような子で、今日も、あるファーストフードに寄った際に、店内に怪我をした人がいるのを見かけると、手を合わせて「あの人の怪我が良くなりますように…神様お願いします」というようなところがある。人好きで、のんきに子供らしく(というのも変な話だが)育っているけれども、何かの時に、差別に直面することがあるとは思う。その時に、息子はどんな対応をするのだろうか。もしかしたら、あの警官のように、拳銃を向ける側になっているかもしれない。

 

しかし、それでも。

 

私は、息子が「怪獣使いと少年」をみて泣いて怒るような子になってよかったなあ、と思った。