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カラッポがいっぱいの世界

その「選択肢」を疑え。

デッドプールを見た夜に

デッドプールを見に行った。 


詳細な感想はまた別の機会とするが、愛と血と肉にまみれた近年珍しいくらいのラブストーリーだった。周囲はカップルだらけだった。笑っているのは私だけだった。 

外に出ると、もはや夜だった。湿度は高いが空気が冷えているのでそこまで不快ではなかった。アジア人たちが記念撮影に励む姿を縫うように歩いた。 

新宿歌舞伎町の入り口には赤いフェラーリが駐車していて、その上にはライトを揺らすマック赤坂が立っていた。80年代のロックコンサートにおけるオーディエンスのように、ゆっくりと左右に揺れていた。傍らにはプラスチックで固めたような笑顔の警備員だか警察官だか、制服を着た男性がいた。しばらく見てると、その男性がマック赤坂に次はどこそこに行くから移動しろという指示を出していた。彼は何者なのか、なぜあんな笑顔だったのか、わからないままだった。シャツをズボンの中に入れたリュックを背負った小太りの男性が熱心に彼を撮影した。政治を面白がる季節はまだ続いているようだった。 

この街は500円のランチと10万のランチ、300円の快楽と身体と身代も溶かしきる愉楽が同居するのだった。客引きが盛んに声を掛ける姿のBGMとして「客引きは迷うあなたを教えるふりをして~」というアナウンスが流れていった。誰もが目を落とし、客引きと連れと話す人以外は全員が歩きスマホをしていた。 

駅前に差し掛かるとしゃがれた声で「AKBは皆さんご存知ですよね、指原さんがこの前二連覇しました、私は彼女とはテレビで共演したんですよ」と語りかけているのが聞こえた。ピンク色の衣装を身につけて、街宣車の上でマイクを持つ片山さつきが見えた。「私にも二連覇させてください」とまとめていた。手足が丸出しの赤い衣装を身につけた運動員がハウリングさせながら、ご静聴ありがとうございましたー!と声を張り上げた。私のそばを通りすぎた若い女性が顔を思いっきりしかめていた。壇上から降りてきた片山さつきは、道行く人に向かって、ミュージカルスターのカーテンコールばりに思いっきり手を差し伸べた。中年男性が駆け寄って握手を求めた。横目で見ながら、駅に着いた。 

金曜日でもないのに、たくさんの人がごった返す。新宿駅の日常風景だ。背の高い若い男と彼の半分ぐらいの身長の、これまた若い女の子が熱心に抱き合っている。彼の腹に顔を埋めるようにして恍惚している女の子と、彼女の背を撫でながら見えないように違う女の画像をスマホに映し出して眺める男と、それもまた、よくある光景なのだろう。 

自宅近くの駅に着く。ガード下には「自民党」と書かれた幟が立てかけられていた。明るくカラッとしたバンドの生演奏が流れていた。候補者だろうか、スーツ姿の男性が近くに陣取り、顎に手を当てて頷きながら演奏の様子を見つめている。梅雨の晴れ間の湿った夜に、何かのポピュラーソングをジャズ風に軽くアレンジした演奏は、実に口当たりがよく、駅から吐き出される人も少しほっとしたような表情を浮かべていた。これから握手会や演説が始まるのかもしれない。 

ふと、私は思った。地獄への道は、明るくからりとした演奏と、それにほぐされて笑みを漏らす人々で埋まっているのかもしれないと。こんな風に。