カラッポがいっぱいの世界

その「選択肢」を疑え。

銀バス哀歌

私はバスに乗っていた。

車内は閑散としている。前の座席におばあがふたり、なにかを話し込んでいた。窓の外にはサトウキビ畑がひろがっている。時折ゆれる。心地よさにまどろんでいた。

日差しは高い。うっすらときいている程度のクーラーでも十分ありがたいほどの気温で、ひっきりなしに汗が染み出す。(でも不快じゃない)道を歩く人もいない。こんなときはどこへもいかずに、家で涼むに、限る。真上から垂直に日が照る。ほとんど理不尽な暴力に近い。車体がきしむ。おばあはまだしきりに話し続けている。でもよく聞こえない。サトウキビが風に揺れている。地平線の向こうに白い雲。青い空。おあつらえむき過ぎてわびしい。

うつらうつらしていると、母の作った色の濃いうまくないカレーやら海に向かってかけていく背中だとか脈絡なく浮かんできた。やわらかい皮膚の感触やそのあたたかさ、静かな顔立ちも。いくから、と私がいって、目で合図した。それが最後だった。なにか重要なことを聞き忘れた気がする。もう少し話しておけばよかった。それだけが気がかりだ。いいたいことがあったような。

クラクションが鳴らされて目が覚めた。バス停のところにおじいが立っている。運転手は手を振っておじいを追い払った。バスは走り去る。バス停に立ち尽くしたまま白く濁った目でこちらをみていた。私は彼を見つめた。土ぼこりに目を落としたままの彼の姿を。

水牛車に乗って海を渡った。あの御者のおじいの目を思い出す。白く濁りかけた目で三線をひき、安里屋ユンタを歌っていた。彼はいない。私だけが乗っていた。安里屋クヤマ。悲劇の女。殉じた女。目差主や我ば否よあたり親やくりや嫌よ。逃げて逃げて草臥れた体から木が生えて役人はそれで船を作り島に渡るのだ。その話を彼にすると「結局クヤマは役人のものになったんだね」とつぶやいた。

いつだって割と簡単に夢中になる。そうしようと思えば、そうなるからだ。ふりでしかないからすぐに飽きる。(どちらかが)だから彼が私の上に体を傾けて「あいしている」と笑ったときも、その延長だろうと思っていた。それにしては、月日が長かったけれど。「自信がない」と彼は言った。誰も責めることなど、できないのだ。きっと。

気がついたときには、もうおばあたちはいなかった。二人がいた座席の上には蟹がゆっくりと這っていた。目を放した隙にどこかにいってわからなくなってしまって。運転手に終点がどこか聞かなかったことを思い出す。バスは走り続ける。私は背もたれに体を預けてもう少し眠ることにした。日はまだ高い。